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やっと晴れましたね。
GW半ばからの雨の影響を取り戻すように管理人さんのところのお店が千客万来だといいな。(とんでもなく暑いですけど)
私が入院していたとき、たまたま見たテレビで、余命2年と告知された男性が高校(中学だったかも)で「命の授業」をしているというニュースを流していました。私も2年と言われたばかりの時で、なんというめぐり合わせだろうと見ていました。
その男性は、まず2年を待つのが辛くて死にたいと思われたようです。それを思いなおして、自分を曝け出すという「出前授業」を高校にしていました。その活動が彼が生きる糧だったようです。そういう作りの番組でした。途中から見たのでどういうご病気かは分かりませんでした。
なんと生きるということは難しいのだろうと見ました。
命の期限を切られて生きることの難しさと、いうべきかも知れませんが、でも期限が来る前に投げ出したい(死にたい)という感情は受け入れてしまいそうになる。その中で抗って生きる辛さを見たように思いました。新しく得た生きるときの条件(死病)を自分の中に落とし込むもの(肯定するもの、頼るもの)を探すのか・・・と痛々しかったのです。
その彼はあっけなく元気に活動を続けながら2年を迎えました。
劇的に2年と1日目に彼の人生に帳が下りたのではなく、昨日と同じ今日を迎えてとまどったような彼を紹介して番組は終わりました。
私は、そこからの彼が知りたかったです。
どうしておいでなのでしょうか。亡くなったのでしょうか、それともお元気に過ごされているのでしょうか。
そしてお元気だとしたら(お元気であって欲しいです)、どのように生きることを肯定されているのでしょうか。余命を切られた2年まではテンションの維持がしやすかったのではないかと想像をします。そのあとの昨日の続きの今日をこそどう生きられたのでしょうか。それは昨日の続きの平凡な今日だったのでしょうか、それとも非凡なままの今日だったのでしょうか。
私も治療を始めて2年が経ちました。彼に対する問いは私自身に対する問いでもあります。どんなふうに心中の時間は流れるのでしょうね。
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